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ランナー・タイこんなところに住んでます どこ、どんなとこ? わたしの家族 我が家のカレンダー 【 最近の追加・更新 】 なし 検索
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2012年 02月 01日
今朝5時40分、我が家の外気温は、20.0℃。天気、曇り。雨上がり。
農業気象観測所の今朝の最低気温、19.7℃。昨日の最高気温は、29.2℃。 今日から、2月。早いものである。 昨夜、夕食後の7時ころパラパラ来たらしいが、すぐにやんでしまったようで、気がつかなかった。 夜半過ぎころには雨音で目が覚めた。今朝になって見ると、水溜りが出来ているほどではなかったが、庭は湿っていた。庭の草木もひと息つけたかもしれない。昨日の夕方からの雨は、チェンライ方面では、10mmほどになったらしい。 昨日中国大陸西部にあった低気圧は消滅し、ゴビ砂漠方面に中心のある大陸高気圧が、またイキを吹き返してきて、天気図も昨日とは大分変ってしまった。今朝は随分暖かかったが、寒さがぶり返さなければいいのだが。今のところは、南寄りの幾分強い風が吹いているので、さほど気温は下がりそうにはないが。 天気図を見ると、日本海に中心のある低気圧から東西に前線が伸びていて、あたかも「春一番」を思わせる気圧配置だが、日本列島にまた寒波がやって来てあちこちで大雪が降りはじめてうるらしい。 ![]() (2012/02/01/01:00) 「タイ気象局天気図」 より. 【「キュータプヤーン」の神頼み】 「メチャン郡」と「(チェンライ)ムアン郡」の境のと峠の検問所の近くに、商売繁盛や賭け事などに霊験あらたかと噂のある「祠(サーンチャーオ)」がある。コンクリート作りの立派なお社の門前などには、願いがかなったお礼で奉納された大小様々な雄鶏の像が飾られている。 この前を何回も通り過ぎて、ここの神様の霊験のほどを聞きつけて、娘の連れ合いが、お参りする気になったようである。 バスのチケットを購入方々、この「祠」におまいりすることになり、朝から市場のあちこちで奉納用のくだものや菓子、生花、ローソク、線香などを調達して、お参り。 無信心の小生もいやいやながらつきあわされて、祭壇の前に。 線香やローソクを持たされたので、気をきかせたつもりで、カバンの中からライターを出して火をつけたところ、まだそのタイミングではなかったと見えて、かなりきつく叱責された。むかむかっときたので、ローソクの火を消して、線香、ライターともども、ぶん投げてその場を後にして車に。なにも、「祠」の前でとか何とか言っているようだったが、あたり構わずである。 ふざけてやがる、この際見せしめのために、かみさん、娘夫婦をその場に置き去りにして、車を運転して帰ってきてしまおうかとさえ思ったが、さすがにそれだけは思いとどまった。 この年になっても、「熱い」のは相変わらずのようである。我が家の「DV」のひとコマである。 その後は、かみさんも自分の物言いを反省したのか、トゲのある言い方には気をつけている気配だったが、決して謝らないし、オベッカを使うこともない、結構しぶとい女である。 後になって能呼とだが、かみさんにしても小生にしても、娘たちが行ってしまうということで、なんとなく気が立っていたのが原因だったかもしれないと反省している。 【娘たち、帰って行く】 23日に戻ってきたので、今日で10日になるのだが、商売のこともあるからと、不本意ながら帰って行った。 今回の帰省は、「ニホンキュウリ」くらいで、無駄なか土産も買ってこず、親の困窮にはじめて資金援助まがいのことをするなど、合格点をやっていい品行方正度だった。 いつものことだが、娘は、チェンマイに戻りたくないらしかったが、そういうわけにも行かないとかえっていったが、戻りたくないというセリフ、たびたび耳にしていると、かみさんを喜ばせるためについ口をついて出てしまうセリフなのではないかと疑ってしまう。 待っていたバスが乗り場について、荷物などを積み込んだあと、人目もはばからず「ハグ」していたが、かみさんの方が感無量のようだった。 娘たちを送り出したあと、「モー」を引きとりにクリニックによって帰ってきた。 【「モー」、クリニックへ】 今朝は、昨日とうって変わって容態が悪化。焼き魚をほんのわずか口にしただけで、随分衰弱してしまっていた。食欲がなくなる原因かもしれないと、クリニック出処方された薬を、3日ほど飲ませなかったのが不可なかったようである。それにしても、一昨日の処置がよかったのか、昨日はかなり食べられたし、元気も快復していたのに、急変にはビックリした。 一昨日の処置の効果が目に見えていたので、娘たちを送って行くついでに、今日もクリニックのお世話になることにした。 先客があって、直には方がつきそうでなく、娘たちがバスに乗り遅れてはいけないので、症状など簡単に説明しただけで「モー」を預けたまま、バス乗り場へ行った。2時半予定のバスが20分近く遅れて到着し、そのあと「モー」を迎えに行った。 注射と猫缶、点滴は肺にまた水がたまりはじめているということで、ほとんどしなかったらしい。貧血気味で弱っていたのだが、元気だけは快復していて、バッグから出してやっていた帰りの車の中では、あちこち動き回っていた。家に戻ってからは、やはり疲れたのか、ぐったり気味で、昨日のようには行かないようである。 【送迎】 朝は娘の連れ合いが。子供たちを送って行ったが、帰りは、小生が迎えに行った。娘たちを送って行って戻る途中で、「キック」から電話が入り、ボーイスカウトのある今日は早仕舞いということだったが、路線バスで、メカムまで帰ってくるように指示して、「プッキー」たち一緒に、4時前にメカムまで迎えに行った。 娘たちが家にいる間は、しばらく手がかからなかった子供たちの送迎、また明日からは小生だけの仕事になる。小生一人では、心もとないというので、かみさんが同行するのだが、朝晩の家事の忙しい時間帯で、あれこれと手抜きになってしまうのがつらいところである。 【猫たち】 朝は、「パンダー」、不在。 朝食時、小屋組の猫、行方知れずの「オーレー」、ひよこ殺しの「コネー」との3兄弟の、「ベベー」、今朝姿がみられなかったのだが、帰りがけ、門の外の水辺に近いところに口から血をたらしてうずくまっているのを発見。原因はわからないのだが、すぐには手の施しようもなく、かみさんが抱きかかえて、「サラー」の中の「米ぬか袋」の上にくぼみをこしらえて、ベッドのようにして寝かせておいた、助かるかどうかはわからない。かなり重症のようである。 暖かくなりはじめて「がまかえる(カーンコック)」が出て来る季節になったので、「ガマの毒」にやられたのかもしれない。 夕食から帰ってきたかみさんたち、「ベーベー」の死骸を埋葬してきたとのこと。やはり助からなかった。呆気ない最後。すでに硬直していたそうで、朝の内に逝ったにちがいない。急死はやはり「ガマの毒」にやられたにちがいない。昨日の夕方は焼き魚も食べたし、ミルクも飲んでいたらしい。儚いものである。諸行無常。 3兄弟、残されたのは、もっとも悪(ワル)の「ひよこ狩り」の悪癖のあ「コネー」だけになってしまった。 「シン」と「ペーオ」も朝から姿がみられなかったらしいが、「シン」は夕食時には戻ってきたとのこと。「ペーオ」の消息も心配である。 2012年 01月 31日
今朝5時20分、我が家の外気温は、17.6℃。天気、晴れ。
農業気象観測所の今朝の最低気温、17.9℃。昨日の最高気温は、30.6℃。チェンライ測候所の最低気温は、18.2℃。 華北西部に低気圧が発生したのが影響したのか、北タイは急に暖かくなった。「モー」にとっては「天恵」だったかもしれない。 朝のうちは曇っていて降りそうだったが降らなかった。昨日ランパーンのお葬式に出席した義姉の話だと、道中パヤオから先では雨だったそうだったが、このあたりではそんな気配すらなかった。 気象局の週間予報でもこの先ずっと「COLD」から「COOL」に変わった。もうすぐ「立春」、当地の今年の寒さもこれで一段落ということかもしれない。 ![]() (2012 / 01/31 / 01:00) 「タイ気象局天気図」 より. 【「モー」に奇跡 !】 「モー」に奇跡が起きた。今年最初の「墓穴堀り」かと、覚悟を決めていたが、どうやら、しのいだようである。 昨日クリニック帰ってきてからすこしづつ快復してきたようで、夕方には「フィスカス」の缶詰だけだが、かなり食べられるようになった。1回に食べる量は少ないがたびたび食べさせているうちに目に見えて元気が出てきた。生きようという意志が感じられる。寒さも和らいできたのも「天恵」か、「三途の渡し守」に、追い返されたのかもしれない。一時は、ヨロヨロとして、歩くことさえままならなかった「モー」が、食事の準備を聞きつけて走りよって行く。 嬉しい。たとえ猫1匹の命とはいえ、人間の手だけでは何とかすることは出来ない。当の猫に生きようと、もうひと息頑張ろうという気にさせてくれる何者かの意志のようなものがなければ、あのまま「あの世」行きだったにちがいない。 たしか、「モー」は、何年か前にも、かなり重篤な病気になって命を落とす寸前になった記憶があって調べて見たら、1度ではなく、2度くらいは命拾いをしたようである。あんまり嬉しいので、その1回目の時の日記の一部を、以下に転載しておくことにした。 『2009年11月21日の日記』から 「イ・モー」は、昨日クリニックで処方された、「肺の中の水をとる薬」とかいう薬が効いたのか、深い呼吸が出来るようになり、大分よくなってきたような気がするが、まだ食べられないようである。昨夜は、キックが「ポーン(ป้อน)」し、今朝はかみさんが「ポーン」していた。(注:「ポーン」とは、赤ん坊や病人など、自力で食べ物を食べられないものに、食べ物を口に入れて食べさせることを言う。) 駆虫薬も処方されたのだが、こちらの方は、回復の具合を見ることにして後日使用することに。 「イ・モー」に回復の兆しが見え始めたのに、ほかの猫の症状が重くなりはじめたような気がする。 「ブン・ティン」は、夜の猫缶を食べなかったし、「サムリー」の、鼻水の量も増えたようである。 「猫の流感」が猛威を振るう寸前のように思われるが、寒さをひかえて心配である。 医者からは、病気の猫を、出来るだけ隔離をするように言われているが、1匹か2匹くらいなら、隔離も出来ないことはないが、重い軽いの差はあるにしても、22匹、ほとんどすべての猫に何らかの症状が出ているわけで、「隔離」などしても意味はないわけである。 成り行きに任せるしかないのだが、それにしても「ケセラセラ」と達観できれば楽なのだが、いかんせん、人間が出来ていないのでそれも。 『禅の知恵-心と体に効く生き方入門(1997学研)』など読んでみて、ああ、こう云う風に出来ればなんと幸せなことと嘆息するばかりである。 チェンライから戻ってすぐ、「イ・モー」をメチャンの「女先生」のところへ連れて行く。 肺の薬を飲ませた後、吐かなかったかと聞かれたが、別段目に見えて不都合はなさそうだったし、息遣いが楽になったのか、深い息が出来るようになったことを告げた。 今日も、首根っこをつま見上げて、まだ脱水症状が回復していないので、昨日と同じ「点滴」をしてもらう。 帰宅後、「ロータス」で買った、幼猫用の粥状の餌をやると少しだが食べたようである。水も幾らか飲んだらしい。昨日よりもさらによい方に向かっているようで、ひとまず安堵。顔つきを見ている限り、小さな命、ひとつ拾ったかなと思われるような柔和な顔つきになってきた。 こちらを向いている顔に呼びかけると、少し涙目の潤んだ眼差しで、両目ウィンクをしてくれる。こちらの目の中も、なんか水気が多くなってくる。 「モー」は、やはり腹をすかせていたのか帰宅を待っていたようで、食は細いが、「フィスカス」の缶詰を食べた。 だましだましでも、すこしづつでも頻繁に食べさせて、元気付けてやらなければ。ある線を越えて食が進むようになり、下腹部のへこみがとれれば、しめたものだが、今のところ手放しで安心できるところまでは行っていない。「一喜一憂」である。 【小林さん宅訪問】 ご招待を受けて、娘夫婦も同伴して、チェンライ市内旧空港近くの小林さん宅訪問。 日本に居るのではないかと錯覚するような豪華な「お寿司」をご馳走になった。 寿司タネは提供して、日本料理の腕を信頼できる市内の日本料理店に依頼して握らせたお寿司だそうである。 「お寿司」のほか、「源平酢のもの」や「洋風サラダ」など、日本の家庭でなくては味わえないものや、レストラン並みのお手製の料理などもいただいた。さすが日本の女性の手料理、外でいただいた日本の料理としてはチェンライでははじめてのもだった。 食事の前に、お宅の内部をスミからスミまでご案内いただいたが、さすがに建築のプロが建てられた家で、使用人の住まいやゲスト用建屋、車椅子ようのスロープを備えた玄関など、必要充分と思われるような設計で、室内には什器備品、家具調度一流のものばかりで、恐れ入ってしまった。日本から調達什器などもあれこれ備わっていた。住み心地は、日本に居るのとまったく変らないのではないかと思われる。 何はともあれ、平屋作りなのがいい。毎度のことながら、かみさんは、すっかり恐れ入ってしまい、恐い顔をして我が家が2階建てなのに不平タラタラ。宅地が余程狭くない限り、日常生活に不便な2階建ては、失敗だったと反省しているが、今さら建て直す元気も資力もない。 「ハイソ」という言葉があるが、経済的にはともかくとして、皆さんの明るい大らかな人間性には、本当に心から羨ましく思われた。チェンライに来て以来、こういう方々ばかりにめぐり合える小生は、バチがあたらなければいいがとおもわれるほどの、幸せものだと思う。 飼い犬の「KAMUI君」ものびのびと育って幸せそうだった。 なにぶんにも生活環境が異なるわけで、嫌がられるかもしれないが、末永くおつき合いいただければありがたいと思う。 お土産に、「KAMUI君」が、食べられなくなった高価な獣医ご用達のペット・フードなどいただいて、2時過ぎお暇した。 下の写真は、8才になる由緒正しい血統犬の「KAMUI君」。珍しい犬種だそうである。 食べ物アレルギーで悩んでいたのがやっと解決したようでご家族の皆様もひと安心。 ![]() 【我が家の猫たち】 今朝は「パンダー」は不在だった。 「ポーイ」はすっかり元気になった。 2012年 01月 30日
今朝5時45分、我が家の外気温は、15.1℃。天気、快晴。
農業気象観測所の今朝の最低気温、13.3℃。昨日の最高気温は、29.3。チェンライ測候所の最低気温は、14.5℃。 今日はいくらか暖かくなったが、日本列島には、またまた大寒波が近づいているらしい。こっちまで影響しなければいいのだが。 【「モー」】 「モー」、いよいよ危なくなってきた。 昨夜も抱えて寝たが、真夜中に抜け出して、目が覚めたときにどこに居るのか部屋中探した。机の脇に水溜りがあって、変だなと思いふきとっている内に、机の下の奥の方にくもの巣まみれになって縮こまっていた。シッポが濡れていることから「モー」が出した水にちがいないのだが、尿ではなさそうだったので、飲んだ水を吐き出したものかもしれない。 昨日の夕食の「焼き魚」は、少しだが、自分から食べた。これでいくらかは回復すると思ったが、夜中中、「早鐘」のような呼吸は、落ち着くことはなかった。脈拍と同じほどの呼吸数。寒がりはしないが、熱があるのか身体は熱くなってきていた。 そのまままた抱えて寝てやったが、直にぬけだしてしまった。もう、手の施しようもなく、朝までそのままにしていたのだが、朝起きると、昨夜と同じ机の下にいた。抱えだして、布団の中に押し込んでおいた。 残念だが、奇跡でも起きない限り、もうダメだろうと思う。 「抗生剤」が切れてから、いっそう悪くなったようなので、今日クリニックに連れて行くかどうか迷うところだが、このままそっと死なせてやったほうがいいような気もしないでもない。 そんな絶望気分だったのだが、チャムトーンの日課から戻ると、案外元気なようすなので、焼き魚の身をほぐしたものにグルコースを混ぜて水でのばしたものを食べさせたら、自分から食べ始めた。流動食っぽいものなら食べられるようだった。 ガリガリに痩せてきているものの、このまま成り行き任せというのも悔いが残るにちがいないと思い、昼食後、クリニックへ連れて行ってみることにした。 脱水症状があり、点滴をしてもらい、そのあと、猫用缶詰を流動食風に溶いたものを、注射器で3杯ほど、流し込まれたらしい。らしいというのは、この間、車のメンテなどでクリニックを離れていたので、かみさんから聞いた話ということである。 食べさえすれば、元気が出る。 かみさんは、オラパン先生から聞いたことだろうが、「モー」はおそらく高所から墜落して肺に傷がつき、水腫になったものであろうといっていた。たしかに、ネット検索して、早鐘のような呼吸の症状には、墜落事故が原因ということもあるということを知っていた。 死んだ「ペット」も、直接の原因は、高いところから落ちたはずみに肺を損傷したものらしいということを、オラパン先生から聞いていたらしい。 「ペット」の場合は、おそらく箪笥の上からで、高さは、3m弱。「トラ」、「リュウ」兄弟にいじめられたときと推測できる。 「モー」の場合は、推測だが、2階の階段の手摺からの墜落で、4mあまりあるかもしれない。 回復しつつあるわけで、食べてくれれば、回復の可能性もあるのにと、悔しくてたまらない。 【サニーのメンテ 】 クリニックに行く途中で、行きつけの足回りの修理工場で、「エンジン・オイル」を交換してもらった。今回は「オイル・エレメント」も交換。5000キロタイプのオイルだが、しめて730バーツ。 そのあと、「モー」の治療中の時間を利用して、これまたいつもの電装系統の修理屋で右後部のブレーキ・ランプを交換。ついでに、バッテリー液1本も購入。しめて100バーツ。 【トイレ、階段の大掃除】 余程気になっていたのだろうか、帰る間際になって娘たちが、1、2階のトイレと階段、階段部屋の大掃除をしてくれた。 「塩素系」の洗剤をふんだんに使って、中毒しなければいいがと思うほどの張り切りよう。 家人たちは、汚れてきたなとは思っても、ぽっとやってきた娘たちほどには感じていないので、そのままになっていたわけだが、田舎人の不潔感と町場の人間の不潔感のギャップということもあるような気がする。 我が家の室内の汚れのうち、埃以外の汚れは、すべて猫どもの「そそう」によるものである。 短期間の帰省中ということもあるのだろうが、今回の娘たち、なかなか気がついてあれこれやってくれる。夫婦仲も今のところ、円満ということなのかもしれない。ようやく、世間並みの「親思い」になってきたということかも。いつ裏切られるかはわからないのだが、今のところは「結構、結構」である。 【「ノンカン」来る】 娘からは、帰省中に一度は「ノンカン」に会いたいといわれていたのだが、昼前、「ノンカン」の方からやってきた。足がないので、路線バスで来たとのことで、メカムのお寺の前まで迎えに行ってきた。 【ビデオ】 ビデオ鑑賞、続き。 『警視庁捜査一課9係 第5話「封じられた捜査」』(渡瀬恒彦、井ノ原快彦、羽田美智子、津田寛治、吹越満ほか) 昨日、木村さんからお借りしたDVDは、我が家のパソコンでは再生できなかった。 後日、小林さんからお借りしている「Sharp製」のビデオデッキで試してみる予定。何かが記録されているのはキャッチしている風で、空きエリアはゼロになっていたが、中味のFileはもちろん、Folderすら表示されない。 【猫たち】 チャムトーンの島組の猫たちは全員集合。小屋組の「ファー」、「ユング」まで加わって、朝食は、9匹で。 「ポーイ」は、もう安心である。まだいくらか食が細いので100%快復とはいえないまでも、ほかの猫たちと一緒になって朝食の催促をしているくらいまでなった。 あれほど弱りきっていた「ポーイ」なわけで、「奇跡的」と言えないこともない。「ポーイ」のケースでは、ひとつ命拾いをしたということである。 2012年 01月 29日
今朝5時35分、我が家の外気温は、12.9℃。天気、快晴。
農業気象観測所の今朝の最低、11.1℃。昨日の最高気温は、30.3。 4時半ころ目が覚めたが、起床は5時半過ぎ。かなり強い北寄りの冷たい風が吹いていた。 【「しじみ汁」】 「メサロン・ナイ」から流れてくる小さな川には「しじみ」がいる。この時期、「メサロン市場」に出ていることもあるが、今年はまだないようで義姉夫婦が2日かけてあちこちの川に入って、小さな「シジミ」をやっと50個ほど捕って来てくれた。2日かけて砂をはかせた後、昨日の夕食に「しじみ汁」にしてもらった。 やや黄色みのかかった「タイワンシジミ」というらしいが、育っている環境にもよるのだろうが、日本の「シジミ」にくらべると、味香りともやや大味だが、癖もなくまぎれもない「シジミ」である。 以前、「メサイ」の「ナマ」の川でたくさんとれたことがあり、2~3時間もとれば、石油缶1杯ほどもとれたものだが、業者が入って乱獲されたこともあってか、最近ではとれなくなってしまったようである。 我が家の「上の養魚池」にも放しておいたのだが、流水で育ったものでないと、嫌味な臭いがして食用には適さないようである。 拙稿、「ランナー・タイの魚」の、『シジミ』 を、参考までに。載せてある写真は、4年近く前のタイ新年後に「メサロン市場」で手に入れた「シジミ」である。 ![]() 【「日本人会」総会 】 「チェンライ日本人会」の臨時総会が、「コック川」べりの「ユンナン・レストラン(雲南酒楼)」で開かれて、出席してきた。去年入会させてもらって以来、総会に出席するのは、はじめてである。 運転手として同道した娘夫婦も急きょお願いして同席させてもらった。 はじめての総会出席ということもあって、自己紹介させられたが、心の準備ができていなくて、いい年をして、しどろもどろしていた。 役員改選のあと、食事をしながらの懇親会。はじめての方のほうが多いような気がしたが、何人かの方とはお話させてもらった。 「かおるパパ」こと、木村さんさんは、お丁寧なご挨拶をされた後、日本映画のDVD録画を貸して下さった。「シンタニ10」にご自宅を新築中とのこと。 井上さんは、所用があったのか出席されていなかったようだった。前会長の姿も見えなかったし、懇親会前に変えられた、役員経験者女性おふたかたのこともあって、日本人会の中に「すきま風」が吹いているのではないかと勘ぐられても仕方のないような気がした。 チェンライの歩行者天国では、あんなに熱心に活動されていた「小杉さん」だが、前期、役員でありながら、退会したことを、この総会でとりあげられ、「懺悔」させられていたが、こんな席では不問に出来なかったのかと残念に思われた。 海外でのこのような日本人の集まり、やはり、様々なバックグランドやキャリアの持ち主の寄り集まりで、アクの強い人も多いにはちがいないが、残念なことで、入会したことを後悔させられるような気がした。みんな誰もが、「叩けば埃の出る」人たちばかりにちがいないわけで、もうちょっと、穏やかにやれないものかと思われた。日本人には、普通のタイ人だったら誰もが持っている、「思いやり精神」、「不干渉」精神というものが、ないのかもしれない。隣国とは、陸続きで国境を接していて、しかも国内は「多民族」で成り立っているタイと、島国で単一民族を自認している国民との気質の相違なのだろうか。 毎回、今回のような思いをさせられるのであれば、会合には出席したくなくなるだろうし、やがては「退会」ということにならざるをえないかもしれない。 ![]() 上の写真の、中央が「小杉さん」、その左が「CHUN」在住の藤野さん。藤野さんのお嬢さんおふたり(「おねえちゃん」と「相棒」)が奥様とご一緒にみえていた。初対面なのに、藤野さんのブログで前々から存じ上げていたので、懐かしい人に会えたような気がしてきた。おふたりのお嬢さんが、食事前(?)、会場のレストランの中庭で、「ギウ」の花を拾い集めていたのが、なんともゆかしく思われた。 【買い物】 家を出たのが早かったので、途中で、「makro」によって買い物。 ハム、ソーセージ、「ソーダ鰹(大形)」のほか、「すき焼き」の材料なども調達。珍しいものでは、中国産の「長芋」も購入。 目当てにしてた「ウナギの串焼き」、「マグロの中落ち」は、置いてなかった。 帰りに、「ヤマザキ」のバゲットなど購入のため「センタン」へ。バゲットが硬いのは、米の粉がまぜてあるかららしいので、1本だけにして、先日小林さんからいただいた、丸いかたちのフランスパン(?)、「ガーリック・パン」などのほか、「大福」などを買った。そのほか、TOPSでやや大形の「秋刀魚(2匹36バーツ)」を2パック買ってきた。 「makro」にしろ、「TOPS」にしろ、買うものの大半は、小生専用なので気がひける。普段、我が家で日本食を食べるのは小生だけということもあるが。 「すき焼き」の材料のうち、我が家では欠かせないのが、「糸こんにゃく」と「春菊」。かみさんにしてみれば、このどちらがなくても、物足りないのだそうで、「糸こんにゃく」は、「makro」で2kg袋入りを手に入れたが、「春菊」がないので、「フエ・ナム・クム市場」に、娘と一緒に調達に行った。10バーツ分のひとやまだけしか残っていなかったらしい。「焼き豆腐」用の豆腐も1個だけしか手に入らなかったらしい。それでも、ないよりはあったほうが辯明である。 日本の「すき焼き」は、考えてみれば、「日本酒」、「味醂」、「砂糖」、「醤油」を大量に使う料理である。砂糖はともかくとして、これらの調味料が充分ないと「すき焼き」にならないので、ウッカリするわけにはいかない。 【猫たち】 行方不明の「アイ」は、完全に絶望。明日からはもう、書かないことにした。 チャムトーンの小屋組の「ポーイ」はまだ小食だが、自分からものを食べるまでに快復してきた。 日中、我々の留守中、かみさんが様子を見に行ったところ、寄ってきて餌を催促したらしい。風邪をこじらせて以来はじめてのことで、かみさんも嬉しそう。 一方、家猫の「モー」は昨日より、いくらか悪いほうへ逆戻り。「抗生剤」がなくなって、あとの2種類の薬だけになったのが不可ないのだろうか。今日は、かなり寒がっているようで、日中の一番暖かいはずの時間帯にも、布団の中にもぐりこんでいた。なにも食べないのでは衰弱する一方なので、「ソーダ鰹」の切り落としを、無理やりのどに押し込んで食べさせた。明日もこの調子なら、クリニックへ連れ行く必要がありそうである。 島組の猫は全員集合。「ファー」は遅刻したが、何とか食事には間に合った。 2012年 01月 28日
今朝6時00分、我が家の外気温は、11.8℃。天気、快晴。
農業気象観測所の今朝の最低、9.7℃。昨日の最高気温は、31.1。 5時ころ目が覚めたが、いつの間にか布団から抜け出してオーディオラックの上に積んであるビデオテープの上で寝ていた「モー」を抱えて二度寝したために起きたのは6時だった。「モー」は食が進まないこともあってすっかり痩せてしまい心配。 【娘たち、メサイへ】 前から娘たち、メサイへ出かけたいといっていたのだが、「キック」と「プッキー」、「フォーム」も連れて行くというので、今日の予定になっていたクリニックの予約を昨日に繰り上げて、行かせてやった。 子供たち、朝のチャムトーンの手伝いをすることもなく、出かけて行き3時過ぎに戻ってきた。 相変わらずのバカヤロウで、小生など、シャツなど買ってきた。 ニットの長袖のほか、半袖のポロシャツを何枚か持ってきて、好きな柄を選べだと。ポロシャツは、バンコクで買ってきたものらしいが、女性陣にも1枚づつあったようである。 とにかく、財布のヒモは緩みっ放しで、この調子だと、いつまでたっても、いざというときの貯えなど出来そうもない。 【水遣り】 水遣り用の塩ビのホース、購入してから10年ほどになるのだが、紫外線にさらされっ放しということもあるのだろうが、経年劣化で随分もろくなっている。特に、朝の気温の低いときには、カチカチに硬くなっていて、よじれているのを無理やり引っぱったところ、避けて切れてしまった。硬く脆いプラスティックのような状態で、簡単に裂けたようである。 焚き火の火を使って、柔らかくしてから補修し、散水を続けた。 今日は、マンゴーの古木の下の区画だけ。それにしても、乾燥するのが早く、芝は大分赤枯れしてきた。 【ビデオ鑑賞】 今日も昼食をはさんで、ビデオ鑑賞。 『BS-TBS 森村誠一サスペンス 棟居刑事シリーズ「花の狩人」』(中村雅俊、雛形あきこ、竜雷太、原久美子、羽場裕一ほか) 『はぐれ刑事 - 純情派』(藤田まことほか) 『土曜ワイド劇場 温泉医(ぽっかや)殺人事件カルテ2 - 帯広行き最終列車特急とかち11号の女』(西郷輝彦、栗原小巻、小野寺昭、火野正平、河合美智子、日高ひとみ、伊藤孝雄ほか) 【猫たち】 行方不明の「アイ」は、いよいよ絶望的になった。 「ポーイ」は、朝行くと、門の近くで日向ぼっこしていた。相変わらずなにも食べてくれないようだっら、今日も、点滴をしてもらいにクリニックに行く予定だったが、かみさんが、注射器で5~6杯ほどミルクを飲ませ、その後、薬を飲ませることができ、もう少し様子を見ることにした。 どこかに隠れてしまうわけではなく、目に付くところで、日向ぼっこしている様子なので、まだ大丈夫かもしれない。 島組は、全員集合。 部屋猫の「モー」は、相変わらず食が細い。薬の副作用もあるのかもしれないが、食欲が出ないようである。朝は、ハムをほんの2、3切れ食べさせたあと、猫缶を食べさせようとしたが、その気にならないので、親指の先大の塊りを、無理やりのどの奥に、押し込んだあと、薬をのませた。「抗生剤」は、今朝の分で終ったので、薬の副作用はいくらかは軽減するとは思うが。 昼は猫たちの食事は、いつでも食べられるように食器にいれてあるペレットだけなのだが、今日は特別に「モー」のために「焼き魚」。やはり腹がすいているのか、親指2本分くらいは食べたようである。あまりは、ほかの猫たちがお相伴。 2012年 01月 27日
今朝6時30分、我が家の外気温は、11.6℃。天気、晴れ。寝坊。
農業気象観測所の今朝の最低、9.6℃。昨日の最高気温は、31.1。 今日も相変わらずの、夜間冷えて、日中は暑い天気だった。早く、朝の気温が15℃を下回らなくなって欲しいものである。 「アマリリス」はその後、2~3株ほど、蕾が伸びてきた。先日開花したのは、特別ではなかったようである。今日は、たっぷり水遣りしておいた。 【「ポーイ」、クリニックへ】 チャムトーンの小屋組の「ポーイ(พลอย)」が風邪をこじらせたようで、急いでクリニックへ連れて行く。あまり人馴れしていない猫なのに、大人しく抱かれている。かなり参っているようである。 点滴をしてもらい、猫用缶詰を口に含ませてもらった。いくらかはよくなってきたようだが、夕食も食欲がないようでまったく食べられない。明日また点滴に出かける必要がありそうである。 【「あんしん倶楽部」】 人生も終末近くになって「転ばぬ先の杖」というのも変なものだが、後顧の憂いを出来ればなくしたいという思いで、昨年、チェンライ日本人会の有志によって始められた「あんしん倶楽部」に入会させてもらうことにしたのだが、その例会があって出席してきた。娘夫婦も出席をしたわけではないが付き添いで同行。 会場は、青木さんがはじめられた「カフェ・ブルース」の2階。チェンライ市内繁華街の横町、「エディサン・デパート」の裏。 現在会員は、40名近くになっているそうだが、出席したのは、半分ほど。 現在のところ、会員のすべてが日本人会とカブっていることもあり、日本人会の軒先を借りるようなかたちでの組織だが、将来的には、日本人会とは独立した組織にしようという意見もあった。なにしろ発足して以来、1年ほどになるのだが、活動目的ははっきりしているのに、会員情報を収集して銀行の貸し金庫に保管してもらっているくらいの活動実績しかなく、これから先どんな具体的活動をするのかさえ、はっきりしていないらしい。 この会を立ち上げた当初、申請書などと一緒に、会員死亡時の手続きや遺族年金などについて、専門業者の資料などを添附したこともあって、業者への橋渡しをする、言ってみれば業者の「お先棒かつぎ」の組織ではないかという誤解などもあるらしいという報告があった。 そもそも、肉親、親族などと遠く離れて暮す日本人に何かあった場合に遺族、特にタイ人妻や子女に対し少しでも役に立yてればという主旨ではじまったもので、遺族たちをサポートするのがどうしても難しい事柄については、業者に依頼するにしても、会員の協力で、なんとかなることに関しては、この「あんしん倶楽部」でなんとかできるようにしたいというのが会の目的で、業者を斡旋する組織ではないわけである。 tだ、恩恵だけは受けたいが、協力は遠慮させてもらいたい、死後のゴタゴタに巻き込まれるのは、ごめんだという気持になりかねないが、そういうことにはならないように、せいぜい生あるうちに奉仕しておきたいものだと思った。 先日の21日にあった日本の社会保険労務士などの「遺族年金説明会」、会場費など負担して、随分奇特な人がいるものだとおもったが、案の定、業者の宣伝だったようである。遺族年金請求手続き、一切合財で、25万円とか。煩わしい手間がかからないということを考えれば、一概には高いとはいえないのかもしれないが、我が家のような貧困家庭にとっては、25万円は大金で、生前にできるだけの準備はしておいて、その上で「あんしん倶楽部」のサポートをお願いし、どうしても不可能なことだけ外部の業者にお願いするということで、人生終末の出費は出来るだけ少なくしたいと思っている。虫のいい話だが、できるなら、葬式費用以外は、出費なしで、「遺族年金」を残しておいてやりたいと思っている。 各人が着々と準備が出来るように、情報交換を密にしたほうがいいというので、2ヶ月に1回くらいは懇親会のような会合を持とうということになり、奇数月の第金曜日ではということになり、次回は、3月の23日ということになり、この日をもって正式発足の会になるようである。 今まで、活動内容等、明確ではなかったこともあって、会費未納の会員もいたようだが、次回の会にで、年会費600バーツを徴収することになった。 入会すれば、死後の心配が、まったくなくなるわけではないが、自分の死後の煩わしい書手続きなどについて、家族を助けてもらえる組織が出来たということは、ありがたいことで、発案された発起人の皆さんには、こんなところで失礼だとは思うが、お礼を言いたいと思う。 あわせて、もう少し仲間が増えて、ご近所さんが、数人はいるという状況になればいいなと思う次第である。 蛇足だが、このような会への入会は、お付き合いが苦手だし、二の足をふんでいたのだが、先年亡くなった「米やの梶さん」の葬儀の際、無償の献身的なサポートをして、大変だった葬儀を無事やり遂げた、Iさん、Aさん、Yさんなどが発案者や発起人だということを知って、その気になったものである。なにしろ、お金が絡むことなので、このような人がおられなかったら、入会はしていなかったと思う。長年、距離をおいていた日本人会にも入会したのだが、この「あんしん倶楽部」が、日本人会のサブ組織だと勝手に誤解していたこともあってのことである。 【クリニック】 予約日は明日になっていたが、どういうわけか、肝心の降圧剤が、昨日で切れたので、チェンライに出たついでに薬をもらって来た。 中国正月で、休診かもしれないというので、昨日の内に確認しておいたのだが、主治医の「ワッタナ医師」は、学会か何かでバンコクにいっていて不在で、元看護婦の奥さんが応対してくれ、1か月分の薬をもらって来た。 今回は、入院手術治療などもあって、のめなかった薬もあるので、アスピリンなどは、不足分だけもらってきたため、690バーツで済んだ。次回は、2月25日の予定。 【猫たち】 チャムトーンの島組は全員集合。 小屋組の「アイ」は、もう2日姿が見られない。滅多にないことで、ほぼ絶望的。 2012年 01月 26日
今朝5時55分、我が家の外気温は、12.2℃。天気、快晴。
農業気象観測所の今朝の最低、9.2℃。昨日の最高気温は、30.2。 昨日まで、週末ころからは気温が上がってくる予報だったのが、今朝の予報では、1週間先まで「COLD」マークに変わっていた。この数日間の寒さが、まだしばらく続くということのようである。 病気の猫のことが心配になってきた。 【「モー」】 「モー」、昨日にくらべても、息づかいも深くなってきたようで、大分よくなってきたよう気がするが、気のせいだろうか。食欲も出てきて、小生の朝食のご相伴のハムも以前のように食べられるようになった。ただ、「テスコ印の緑ラベル」の缶詰は、口もつけなかったので、チャムトーンの猫用の蒸し魚を分けてもらった。食後の薬を飲まされた後ということも あるのか、少ししか食べなかったが、ハムを食べたり、食器から加えて運び出して食べたところを見ると、あきらかに食欲も出ているようである。 朝晩のまされている3種類の薬が効いてきたようだが、まだ時々ゼーゼーとタンが詰まったような呼吸をすることがあるし、さらに痩せてきたように見えるのが気にかかる。 「一喜一憂」したくはないが、またまた巻き込まれそうである。 【パソコンの時計】 今朝立ち上げ直後には、昨日のような大巾な遅延はなく、一見正常なように見えたが、ネット時刻の更新をしたところ、20秒あまり進みすぎていた。昨夜半過ぎまで電源を入れたままだったことと関係があるのだろうか。 電池交換しないで、このまましばらく様子を見るつもりだったが、メチャンに出るついでがあり、電池交換しても、別に副作用もなさそうなのでマザーボードの電池を交換をしてもらうことにした。たったの40バーツ。 【ビデオ】 DVDをお借りした小林さんから、再生できないDVDがあるのは、「ファイナライズ」の問題であろうというアドバイスをいただいた。 「ファイナライズ」をやってくれるフリーソフトもあるようだが、OSのバージョンの問題や、うまくいかなくてDVDの中味を壊してしまうこともあるらしいのでトライしないことにした。 昼食後、ビデオ。『土曜スペシャル - 警視庁電話指導官 深川真理子の事件簿 緊急入電!!謎の社長殺人事件発生! (菊川怜、 内藤剛志 、小野武彦ほか)』鑑賞 【買い物など】 チャムトーンから戻ってすぐ、娘の連れ合いの運転で、娘と「キック」も同道して買い物などに出かけた。かみさんは、自宅待機で「ネギ」の整理の手伝い。 義姉は、昨年の冠水被害の援助金を受け取りに、「ミャン」の車で、「農民農協銀行(ธ.ก.ส.)」へ。帰りはひろってくるつもりだったが、帰りも「ミャン」の車で帰ってきたらしい。 ① パソコン屋。いつもの行きつけのメチャンのパソコン屋にが電池の在庫がなく、夕方になるとのことで、学校脇の別のパソコン屋で電池交換してもらった。3分で終了。 ② セブンイレブンによって、1月分の電気料金を支払う。 ③ パソコン屋などを回っている間に、手芸用品の買い物をしていた「キック」をひろう。 ④ 電話局に寄って、12月分の電話料金を支払う。 ⑤ ガソリンスタンドで給油。1000バーツ。 ⑥ ロータスによって、猫缶、猫乳、ゴミ袋など購入。ソーダ鰹とハマチがあったが、鮮度がいまいちなので買わず。 ⑦ 町中の行きつけのバーミー屋で、昼食用の麺類など購入。袋に入れてもらう。 正午前に帰宅。 【猫たち】 小屋組のかみさんになついている「アイ」が行方不明。「オン」や死んだ「オーン」たちの姉妹猫。 今までにも、帰ってこなかったことは1、2度あったとはいえ、心配。昨日、一昨日あたりに顔に傷をつけられていたので、いじめられていたのかもしれないが、なにしろ人懐っこい猫なので、誘拐された心配もないわけではない。 島組の猫は、「パンダー」も戻って全員集合。 朝、「パンダー」は、小屋の2階から降りてきたらしいが、小屋組のい猫たちと一緒だったのかもしれない。伯母にあたる「アイ」がいなくなったことと関係があるかもしれない。
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